5月16日のトークイベントのゲストは映画監督の羽仁進さんでした。本橋監督は羽仁さんのアフリカでの撮影に一年弱同行したことがあり、そこではじめてムービーを撮ることになったとのこと。自由学園での大先輩でもあるという羽仁さんとの、楽しいトークの一部をご紹介します。
本橋
「共働学舎の創立者、宮嶋眞一郎先生は、羽仁さんの先輩、でしたよね。」
羽仁
「僕は一年生で入ったときに、宮嶋さんは最上級生でした。自由学園って、入学して最初にやらないといけないことがあって、それは、寮で自分が勉強するために使う机と椅子を、自分で作るということなんです。そういうことに慣れてる人はいいんだろうけど、僕が一番だめで。最上級生の宮嶋眞一郎さんが現場で指導してくださってたんですよ。ところが、僕だけが最後の最後まで、もう不思議な、机ともいえないような奇怪な形のね、今だったら美術品として高く売れたんじゃないかと思うんだけど。笑 この学校始まって以来初めての、どうしても机を作れなかった生徒、になるんじゃないかと心配されたと思いますよ。でも、宮嶋さんは、柔らかい表情で『もうちょっとだから頑張れ』なんて言って励ましてくれて。最後はできちゃったんですよね、それなりに。笑
この映画も、この宮嶋さんの教えから始まったことを映画にされたんですけれど。とにかくすごく面白かった。みんな僕みたいな、不思議な人がいっぱい出てくるんだけど。仕事もしないでウロウロしてる人がいても、みんな笑ってるの。ここはうらやましいな、夢の世界だと思ったの。つまり、人間はひとりひとり違うんだけど、それを、この映画は柔らかく優しく、でも強く印象に残るように撮っている。しかも、それを互いに認め合ってるってのがすごいと思う。「お前もちゃんと田植えしろ、できないなら出てけ」なんてことになりそうだけど、稲を持ってウロウロしてるのを見て笑ってる。人それぞれ違うということを、許し合うというか。受け入れるゆとりみたいなものがあるね。
この映画、いろんな観方する人がいると思います。昔の村の暮らしにあこがれて、復活させようとしてるというふうに見ちゃう人もいるかもしれないけど、僕は全然違うような気がする。こういうものってすごく私達が望んでいるもの、だけど今の社会では見ることができないものですよね。」
本橋
「僕は宮嶋眞一郎先生に中学のときに教えていただいたんですが、創立者の羽仁夫妻の思想を宮嶋先生が引き継いでおられて。」
羽仁
「羽仁夫妻って、僕のおじいさんとおばあさんですよ、僕のことじゃないですよ、立派な人たちだったんだから。 笑」
本橋
「羽仁夫妻の考えが共働学舎に溢れていたように思いますね。共働学舎には、いろんな人がいる。ホントにいろんな人がいる中で、競争させたら喧嘩になるわけだけど、協力することでみんなが許す、相手を認めることを学ぶんだと思います。そういう考えが、羽仁(進)さんの体の中にも流れているんだろうなと思うんですが、どうですか。」
羽仁
「今、本橋さんがおっしゃったように、確かにそういう考え方を祖父母は持っていたし、自由学園そのものがそういう学校だったんだけど、しかし、宮嶋先生は、それをもう一歩進めたんだと思いますね。それを踏まえて、現実社会の中でどういうふうに生きられるのか、それをあそこで見事に実現されたと思う。そしてそれをうまくカメラが捉えてると思うんですが、この映画、特殊なカメラの使い方をしていて、クローズアップで勝負していないんですよ。誰かがしゃべっているときに、周りの人が一緒に写っている人がいるんです。しゃべっている人を、みんな別に注目して聞いてなくて、せんべい食べてる人もいるし、ボーっと横向いてる人もいるし、だけど、そこに流れている空気みたいなものがおもしろいと思うんです。
変な人ばっかりだと、生きていけないんですよね。充分僕は自覚してるんだけど。笑
アラヤシキの中で、信さんはね、あらゆる点でものすごく貢献している。というか、働いているよね、実際問題として。川が氾濫していしたら、その人にしか直せないわけですよね。みんな一緒に行くんだけど、ろくなことしてないの。信さんが、一生懸命、直してる。だけど大事なことは、変わり者達は充分わかってるんですよ、そのことを。彼らはわかってないわけじゃない。なにも『信さん、偉い』なんてひとつも言わないですけど、でも彼らはわかってるんです。それがちゃんと伝わってるのは、本橋さんの映画の力ですよね。それがものすごく面白いんですよね。彼らは何にも言わないんだけど、ひそかなる尊敬の念を持ってるのが、すごくいいなと思ったんですよね。
それから、顔がおもしろいよね。動物がいっぱい出てくるんだけど。僕は前から思ってんですけど、動物と人間ってそんなに違うわけじゃないよね。笑 年取った立派なヤギ。出てきますね。中心人物みたいな顔してたりして。子ヤギを静かに見ていたりして。それから虫たちとかね。みんな顔を持っているみたいに感じます。
僕が夢見る世界というのは、こうであってほしいんだ。夢見る世界なんだけど、みなさんの暮らしは本当に大変で。冬は大雪でね。大変なことを一個一個積み重ねていかないと、得られないんだと。」
本橋
「僕たち、ロケで15回くらい登ったんですが、1時間半かかるんです。あの1時間半は、タイムトンネルみたいなもので、あの世界にたどり着くための、ひとつの儀式みたいなものではないかと思います。都会の生活にずっと慣れてきているんだけど、それが普通だと思ってるんだけど、命あるものが暮らす時間みたいなものがあそこにはあるんですよね。」
羽仁
「一年間という時間を超えて作られたことには意味があると思うんだけど。本当にすごい雪でしょ?でもやっぱりすごく美しい。積もった雪を屋根から苦労して下ろす、それは大変な作業なんだけど、全体が美しいんだよね、今まで知らなかった美しさ。道があってその向こうに山があったり、谷があったり、その向こうに雲があったり。何度も胸を打ちましたね。今の我々にはなかなか触れられないような世界ですよね。それを触れられるようにしてくれているのが、あの不思議な人達の集団でね。アラヤシキの住人が目に見える形で持ってきてくれたな、と。まさにタイムトンネルを経て、観られる。貴重ですね。映画の中で、雪にシャベルを刺すシーンでね、途中で止まっちゃってね。あれを見てね、不思議に感動した。彼が崇高な人に見えてくるよ。」
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本橋
「僕びっくりしたのは、彼らもスマホとか持ってるんですよ。」
羽仁
「今の流行だからスマホ持ってるとかじゃなくて自分流に使うんだよね、自分の価値観でね。」
本橋
「いろんな新しいものにも、彼らは敏感で。ボランティアの人達から情報得たりはしてるんですよね。さっき話した1時間半、それを超えると価値観が変わるんですよね。羽仁さんが最初おっしゃったように、いろんな人がいていろんなことが起こるんだけど、自分を押し付けるのではなく、相手の価値観を認めることがここでは素直にできるんですよね。」
羽仁
「信さんね、立派な方ですよね。真面目にチェロ弾くシーンがありましたね、チェロお上手で。異世界に入ったような気になったんです。で、弾き終わったなと思ったら、すっとミズホさんの草履を履きかえさせてやったりしていてね、そういうね、いろんなことが混じり合っているってすごくいいなと思います。」